痛みの場所が違う…肉離れから2か月後の違和感
なんだか、肉離れのところが痛いわけじゃなくて、骨が痛いって言いだした。
肉離れしてから2か月後。徐々に復帰したころ。
もちろん整形外科にもリハビリにも通っていたし、状況は逐一伝えていた。
だから正直、「またか…」くらいに思っていた。
炎症と言われたが改善せず…坐骨の痛みが強くなる
医者も、おそらく骨の炎症くらいに思っていたと思う。
肉離れの癒着をとるための注射をお尻に打ったりもした。
でも、なんかいまいち。
そんな状態のまま、坐骨の痛みはどんどん強くなっていった。
気づけば、肉離れから半年。
やっぱりおかしい。
MRIで判明した「坐骨の疲労骨折」
リハビリは一度終わっていたが、もう一度整形外科へ行き、MRIをとった。
結果は、坐骨の疲労骨折。
肉離れしたハムストリングは坐骨につながっているらしい。
固くなった筋肉がずっと引っ張り続けて、結果的に骨に負担がかかって疲労骨折になった、という話だった。
大会直前、休めない現実と強行出場
でも、その時はもう大会が見えていた。
地区大会は勝ち上がり、次のブロック大会の山も悪くない。
都道府県大会までの道筋が見えていた。
ここで止まる、という選択は現実的ではなかった。
2週間休んで、整骨院でなんとか痛みを調整しながら、
そのまま都道府県大会まで駆け上がった。
もちろん、思うようには動けない。
結果は、一回戦敗退。
本気の休養と環境の見直し
そこから、本気の休養に入った。
年に4回ある大きな大会を欠場。
最後の大会にかける選択をした。
同時に、整形外科とリハビリも変えた。
ずっと通って、言われた通りにやっていた。
それでも大きなケガをしたことで、不信感が消えなかった。
やっぱり、信頼関係は大事だと思った。
疲労骨折からの復帰期間と具体的なステップ
復帰は、想像していたよりずっと時間がかかった。
都道府県大会から、試合に戻れたのは4か月後。
つい最近の話。
まずは、完全に何も動かない期間を2週間。
そのあと2週間は筋トレのみ。
そこからようやくランニング。
1分のインターバル走から始めて、1週間ごとに時間を延ばす。
最終的に30分連続で走れるようになって、やっと次に進める状態。
競技復帰はさらに先だった。
都道府県大会から1か月半後、
まずはその場でラケットを振るところから。
そこから2か月かけて、ようやく試合ができるレベルまで戻した。
復帰後に使っていたサポートアイテム
復帰後、動き始めたときに一番不安だったのは、やっぱり再発。
ザムストのサイスリーブを使っていた。
これがあると安心感が違う。
「これで防げる」というものではないけど、
少なくとも怖さはかなり減る。
特に復帰直後は、こういうサポートがあるだけで動きやすさが変わる。
息子が言うには、本当に疲れが全然ちがうらしい。
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まとめ|肉離れ後の復帰で一番大事なこと
痛みがなくなった=治った、ではない。
段階的に戻すこと。
違和感を見逃さないこと。
そして、納得できる環境で続けること。
肉離れ後の復帰は、痛みがなくても段階的に戻すことが本当に大事。
男子校男子、回復も全力すぎる。



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